日本軍の占領

大航海時代からヨーロッパの各国からの支配を受け続けてきたシンガポールですが大東亜戦争時には日本の統治下にありました。 1941年のことです。マレー半島とシンガポールを攻め始め、当時植民地化していたイギリス軍を撃破、2月15日イギリス軍の降伏をもって シンガポールを「昭南島」と名づけ日本の統治下に置きました。

日本の統治下にある3年間での大きな出来事は「華僑虐殺事件」が大きいでしょう。当時連合国側寄りの華僑(中国人)の抗日運動が 盛んでありゲリラ摘発のために抗日分子を処刑した出来事です。この事件では5000人、6000人ともいわれる華僑が殺害されたと されています。今持ってこの事件の全貌は不明瞭な点が多く国会で議論が行われています。

1945年日本は広島長崎への原爆によって連合国に敗れ終戦を迎えます。シンガポールも日本軍の占領から開放されました。しかしこの後、 戦後のどさくさに紛れて再びイギリス軍がやってきて再度シンガポールを植民地化します。イギリスによる植民地時代は10年以上にも わたって続きます。シンガポール人が日本に対して親日的であるという見方は戦争を知る世代が少なくなった事とともにイギリスによる 植民地時代のほうが苦痛であったから、という見方もあるほどです。