経済の発展

シンガポールの経済の発展は人民行動党の圧倒的な政策の賜物とも言えるでしょう。イギリスからの独立後、ボロボロだったシンガポールを立て直し たのは間違いなくリー・クアンユーの功績と言われています。狭い国土、貿易以外の産業が薄く、人口は増え続ける状況でした。

1967年に東南アジア諸国連合(ASEAN)を作り東南アジアの経済の発展を目指し、社会、政治、安全保証でそれぞれの国で協力していくことを誓いました。 結成当時の国はマレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、シンガポールの5カ国でした。

リー・クアンユーは1960年代それまでの貿易中心の産業に転換を図ります。具体的には工業化の推進と輸出型産業を目指したことです。ジュロン工業団地を 作り(日本やアメリカ等の資金援助もあって)世界各国からの企業を誘致することに成功したのです。

この時からシンガポールは急成長を始めます。戦後ボロボロだったシンガポールを突き放したマレーシアが横目で見ていたことでしょう。 その後も重化学工業化が進み日本は積極的に投資、技術の継承を行いSingaporeの発展に貢献しているわけです。この発展を支えたのが生産技術の人たち ということもあるでしょう。石油精製基地を作り中東からの原油を精製、日本やアジア各地への輸出の拠点となっています。

現在シンガポールは友好国となり日本は貿易相手国としても常に上位に来ています。(規模では貿易額の10%程度が日本)1990年代以降は電子・電気系の 産業が栄えこの時も「日本にならえ」で技術を取り入れ発展してきているわけです。

今ではIMDが発表する国際競争力でシンガポールは1位を獲得、 常に上位をキープしています。日本が15位〜30位の間ですから、将来性としてはシンガポールの方が競争力があると見られるようにまでなったのです。